身体と心の声を聞きながら暮らす

持病はありますが、穏やかに暮らしたいと思います。

尊厳死と安楽死

まず、胃ろうについて


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希望する終末期ケアを受ける最良の方法は、「事前指示書」を作成しておくことである。「事前指示書」は、精神状態が健全な時に家族や医療者にどのような終末期ケアを希望するのか、事前に意思表示するものである。本人が延命治療を希望しない旨の「事前指示書」を作成していれば、病気が不治であり回復不可能となった場合、延命治療を中止し、苦痛緩和の医療と介護で自然な看取りが可能になる。


 仮に、自然な看取りを希望するのであれば、「事前指示書」に「食事や水分を口から十分摂取できなくなった時は、口から食べることを大切にした自然な看取りをしてください」といった記載をしておけば、病院や施設が中心静脈栄養や経鼻栄養などの延命を目的とした栄養補給を行う必要もなくなるだろう。


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この本人による「事前指示書」をどのくらいの人が行なっているであろうか?
私は知らなかったし、どこで手続きをしたら良いのかもわからない。


では尊厳死と安楽死について


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尊厳死は、延命治療を施さずに自然な最期を迎えることであり、安楽死は人為的に寿命を短くさせることであり、日本では犯罪とされます。


尊厳死は、自然死や平穏死といった言葉とほぼ同じ意味であり、積極的に疾患を治すための治療は行いませんが、苦痛を和らげるための充分な緩和ケアを施したうえで、死を迎える状況を表します。尊厳死を迎えるうえでは、「死期が近い」「本人が文書などで尊厳死の希望を表明している」「家族も同意している」といった状況があることが前提となります。


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つまり「事前指示書」を書く大半の人は「がん末期」だろう。
その場合「セデーション」と言って、亡くなるまで意識を落とす処置が施される。


母の場合、胃ろうを家族が拒否したら、中心静脈栄養か、末梢からの点滴になる。
緩和ケア病棟は、末期癌の人でいっぱいだし、施設でみるところもあるが、入居費用が非常に高額になる。


母はまだ食事をしたい意欲があり、理学療法士が風船を放ると打ち返す。
患者対患者の複数での風船バレーはできない。


母はもはや自分で判断できない。
食事をしたい意欲があるのに、それを中断できない。
胃ろう栄養をしながらやわらかいおやつを摂取してもらうのがベターと考えた。


患者サポートセンターは、昨日の朝一度電話で繋がったが「医師に確認します」で折り返しの電話も来ない。
その後3度ほど電話したが、対応できないとのこと。
非常にイライラする。
こちらは路頭に迷っている。
胃ろうを作らず、母の食べたい意思を尊重するなら、それもありだが、それで今のように病院に置いてくれるのか?
やはりリハビリテーション病院に転院するのか?


今日、医師と直接話ができないか、病棟に電話してみる。
可能なら、むせてもいいから口から食べ物を摂取してもらい、リハビリを続けてもらう。
そしてそのままリハビリテーション病院に転院してもらう。
まったく口を開けないわけではない。
本人は食べたい。


昨日一日中施設や病院を探した。
母に貯金はない。
年金で賄うには特別養護老人ホームが妥当だ。
介護医療院も療養型病棟も医療保険を使わないから、年金でおさまらない。
じゃあ、家庭でみるか?
母を抱きかかえて腰を骨折した私が、どうやって介護するか?
胃ろうやおやつ介助ならできる。
オムツ交換はできない。
介護サービスを1日2回頼んだとしても、お便をしたらオムツを取り替えないわけにはいかない。
車椅子に乗せないなら、オムツ交換はできるか?
私の体だけなら百歩譲って不可能ではなくとも、精神状態の問題がある。
今も時々苦しむ。それは母が原因だ。
自信がない。


特別養護老人ホームもユニット型個室なら、年金を超える。
頼る兄弟もいない。
私だけでどうしろというのだ。
政治から切られている。


行政はどうにもしてくれない。
どうにかしてくれるのは、金がある世帯だけだ。


まず、ユニット型個室の特別養護老人ホームに電話して、月いくらかかるか聞いてみることにする。

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