分身
母の施設に新しいケータイを持って行ってきた。
職員にことわり、夫と部屋に入る。
横になってウトウト眠っていた。
ぽんぽんと、太ももを軽くタップした。
目を開けて私と夫の顔を見て「ああ」と。
穏やかな表情だ。
「新しいケータイ持ってきたよ」
出せる限りの声で話しかける。
うっすら微笑みながら、うんうんと頷く。聞こえていないのか?
新しいケータイを手に持たせる。
大きな声で、操作の説明をする。
だが、わかっていない。
母の右手人差し指を誘導して、数字の1を押すよう促す。
叔母につながるからと説明。
ところが何度も何度も説明しても、ボタンが押せない。
私が押して、叔母に電話。母に代わる。
言葉を発しないし、聞こえてもいない。
私が代わり、事情を説明して電話を切った。
もう電話の受け答えは無理かもしれない。
グッと悲しみの情が込み上げる。
私は私でゼイゼイヒューヒューが悪化した。
夫に「代わりに話して」と頼む。
「1月4日に病院があるから、また来る」
聞こえないので指を4本立てて見せる。
「400円?400円?」
理解を求めることを諦めた。
職員に夫が「帰ります」と言う。
「名簿に記入して行ってください」
夫が記入する。
私は立っていられない。しゃがむ。
施設を出て、車に乗る。
隣のショッピングモールへ夫が醤油とわさびを買いに行くと言う。
店から花の包みを持って出てくる人もいる。
わずか10mも歩けば、花が買えた。
歩けなかった。
帰宅後、シムビコート吸入をする。
サーチは95%とれているが、脈拍が140台。
みかんが私に話しかけるが、言葉が出ない。
「今日お風呂に入らないで、明日トイレ掃除しないで」
涙をポロポロ流している。
母の口癖
「あんたと私は一心同体」
嫌な言葉だった。
だが私と母で、チキンレースをするかのように思えてきた。
私は母と一心同体なのか?そういう宿命なのか?
鬼のような母だったが、仏のような表情になった。
近いんだろうと思う。
母はもう私に何も求めない。命令しない。
私は母に洗脳されていると思う。
あまりにも長い間、近くにいた。
母は一人で逝きたくないのかもしれない。
気持ちが落ちた。
カニを食べよう。ズワイガニだ。
入院中、80代のお姉様達と3人で
「カニは何が好き?やっぱり毛ガニだよねえ」
とNさんが言うから
「私は松葉ガニが好きです」
と言った。Nさんは
「ああ、ズワイガニのオスね」
と言う。Iさんもそうだと頷く。
iPadで検索する。確かにズワイガニのオスだと書いてあった。
「なんでも調べられるからいいねえ」
「でも基本的な知識やきっかけがないと、調べようがないですよ」
「アハハ、一つ利口になったねえ」
優しい時を過ごした。
Nさんは帰宅できたろうか?Iさんは1月中はまだ入院と言っていた。
どうしているだろうか?
行く年来る年。
今日は起きて3人で年を越す。