身体と心の声を聞きながら暮らす

持病はありますが、穏やかに暮らしたいと思います。

母の施設を考える

母の入院している病院から帰ってきたら、とても疲れた。
夫の車で行って、車椅子に乗り押してもらっただけ。
母とはほぼ筆談をした。
耳の中を掃除したが、深追いはしなかった。
補聴器を手渡す。
自分でつけられない。
装着の介助をした。
「聞こえない」と言った。


1月4日のペースメーカーチェックの時よりは随分話す。
頭もしっかりしているように見える。
11月から6kg痩せたと、こちらから電話した時施設が話した。
そもそも痩せているのに2ヶ月経たないうちに6kg痩せたって教えるのは、ありなのか?
母は心電図、酸素飽和度のチェックの器具を耳につけ、酸素をしていた。
中心静脈栄養が施されている。 
栄養状態が改善したのだろう。
医師から電話が来た時、誤嚥性肺炎になっていると言われた。
それを受けての酸素か。


今回の骨折のことを画用紙に書いたら、トイレに行こうとして、何かにつかまり損ねたと言う。
立とうとしても立てなくて「3時間かけてベッドのところまで行った」と母。
時計を見たわけではないだろうから、体感での思いだと思うが、長時間床に転がっていたのは確かなようだ。


サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は、もう無理だと思う。
あくまで介護は「サービス」だから、余計な手をかけると料金が発生する。
何時に転んだか知らないが、深夜だったら朝食の声がけまで発見されなかったかもしれない。


もういい。自立しなくていい。
人工股関節が入った状態で転んだら、再手術だ。
手術後落ち着いたら、リハビリテーション病院に転院になるだろうが、車椅子介助をお願いしたい。
介護保険の認定調査をお願いするとして「要介護3」がなんとかついて欲しい。
それだと特別養護老人ホームに入居できる。
中途半端に動けるようになって転ばれたら…家族の心配とはこういうことかと思う。
二言目には「自立だ自立だ」と看護師の偉い人は言う。
私はそう思わされていた。


病院や特養にいるならいくらでもスタッフは無制限に手をかけられる。
だが、サ高住は、そういうところではない。
10分でも手をかけたら都度料金がかかる。
頻回に見舞いに行けない状況では、母の状態がよく見えない。
施設として、やることはやってくれている。
今の母に自立を求める気はない。


ずっと苦しかった。ずっと恨んでいた。
でも私の母であり、89歳のか弱い高齢者でもある。
弱者を前に、放っておくことはできない。


リハビリテーション病院に移るのか、まっすぐサ高住に戻るのかはわからないが、ただ楽でいて欲しい。
転んだら、すぐ駆けつけてくれるスタッフがいるところに入って欲しい。


だが、母は元の施設に戻りたいようだ。
母の余生の幸せとはなんだろうか。
私のエゴだろうか。


最期の時を迎えるまで、母に苦しい思いをさせたくないだけなのだが。

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