身体と心の声を聞きながら暮らす

持病はありますが、穏やかに暮らしたいと思います。

心の準備ができない

昨夜母の病院から電話があった。
ベッドから転落したとのこと。
母は右股関節が脱臼しているので、足を牽引しているはずだ。
動いてはいけないことは、何もないなら理解できるだろう。
なのにベッド上で動いて床に倒れているところを発見されている。


他の症状を聞いた。
訪室のたびにパジャマの上半身を脱ごうとしたり、
「◯◯ちゃ〜ん」
と何度も叫んでいるとのこと。


せん妄だと思う。
危篤になる前の段階で、こういった症状が9割の患者さんに起きる。
何人も見てきた。


心が揺らぐ。
嫌でたまらなかった「にゃーと私は一心同体だから」の言葉を思い出す。
今も一心同体とは思ってはいないが…半世紀、一緒に暮らした。
苦しかった。辛かった。
だが、いざ兆候が出たら、激しく動揺している。
母は、私の「分身」だ。
魂を持って行かれる気持ちになる。
病室の面会を私だけさせてもらえないだろうか。


せん妄でもいい。危篤になる前に、話せるうちに、誰の名前を呼んでいるのか知りたい。
私なら呼び捨てのはず。
ちゃん付けは、叔母かみかんのことだろう。


特養で余生を送り、苦痛がなく逝くことを望み、その心づもりでいた。
患者サポートセンターにやっとつながり、老健やリハビリテーション病院の相談もしていた。


別れはいつか来る。
まして「毒になる親」だった人。
彼女の生き様は、私への依存だった。
けれど旅立つ時は一人だ。
私も、そして母も「共依存」から解放される。


この3年間、決して安心できるとは言えないサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入居してもらった。
デイサービスを週2で入ってもらった。
「施設に帰りたい」
その言葉で私は救われた。


まだ、最期にかける言葉を考えていない。
9時になったら、病棟に電話してみよう。

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