庶民は…
母のところに行ってきた。
うわごとのように「起こして…起こして…」を繰り返す。
一時もじっとせず、モゾモゾ動いている。
私の顔を見て手を伸ばし、髪の毛を引っ張る。
何も言葉は響かない、視点が合わない。私を認識しない。
私を誰よりも愛していたのではないのか?
最期に私の名前すら呼ばないのか?
指の色が悪い。
それでも食事をさせているという。
そしてむせて、管で吸引していると。
医師からてっきり手術しないと言われると思ったが、人工股関節を抜く手術をすると言う。
もうやめて欲しいと言った。どうせ長くない。
手術の目的は、痛みを取るためだとのこと。
手術しないなら転院してもらうと。
急性期の病院だから、算定がつかないのだろう。
国のシステムの落とし穴だ。
急性期の病院で手術せず入院期間を延ばせば、国から病院に入るお金が減る。
ーー14年前、父が末期癌の時。
意識がなく、あと数時間という状況でも抗癌治療をしていた。
私は父がまだ意識がある時に、3度抗癌治療をやめてと言った。
医師は、あなたより治療は詳しいというばかりだった。
その時母が私にくってかかった。
先生に反論しないで、追い出されるからと。
いよいよという時に看護師は父に言った。
郁樹さん、先生の辛い治療によく耐えたね、と。
スタッフは辛いのを知っていた。
抗癌剤の効果が無いことを把握していた。
母は死を目の前にしてなお、身体を切り刻まれる。
父の時の報いなのか?と考えたりもした。
手術をすれば、医師は実績がつくし、病院は儲かる。
看取りとは程遠い。
ホスピスではない。療養型でもない。
ばあちゃん。手術前に、じいちゃんのところへ行ってくれ。
逃げてくれ。
食べたくないものを口に入れられ、むせて管で吸引されるのは苦しい。
手術で身体を切られる。
ただ痛みが増えるだけだ。