身体と心の声を聞きながら暮らす

持病はありますが、穏やかに暮らしたいと思います。

肩書

娘のみかんに「気持ち立ち直った?」と聞いた。
小声で「どん底だ」と。
昨夜も眠れなかった様子。
それでも「出かけてくる」と言って、起きて早々に家を出た。


夫が
「たとえ間違えていても、会社の方針なんだから、余計なこと言うんじゃない」
と言う。


一瞬、日和った。だが違う。
専門職は間違えそうになったら、元に戻ってやりなおさなければいけない。
一般の企業ではない。
どこの病院でもそこそこの暗黙の了解は存在する。それは否定しない。


私がみかんに言ったのは、そのような感覚を身につけてしまったら、事故が起きた時自分の身を守れないからだ。
そしてみかんが今までにないほど落ち込んでいるのは、私の言い分を「是」としたからだ。


みかんは昨日、上司に前日の件を言ったらしい。
そもそも、みかんのミスではないが、見て見ぬふりをしたのだ。
上司はスルーしたようだ。
実はミス自体は大した内容ではない。
だが、ことと次第によってはである。


私ならそんな職場、辞める。
だがそれができるのは、看護師だからだ。
病院を考えて欲しい。
看護師と介護福祉士と薬剤師、どちらが多くて、どちらが必要とされるか。
薬剤師の方が学歴は高くても、絶対数が不足しているのは看護師だ。
もっと言うなら、介護福祉士が一番足りない。
看護師も介護福祉士も、3年ほどで、疲弊して辞めては新しい人が就職する。
きつい。厳しい。
目の前に実物の患者さん、利用者さんがいて、直接触れる。
失敗は目に見えるから、隠せない。
その責任に耐えられず、常に緊張しているから辛くなる。


彼女は葛藤し、苦しんでいる。
母親としての私は見るに耐えない。
あんなこと言わなければ良かったと後悔する。


世の中灰色だらけだ。
真っ黒な職場、病院が山ほどある。
それでも食べていくためには、目をつぶらなければいけない。
私はそれができないから、仕事が続かない。
うつ病で長時間勤務や指導に耐えられなくなったと言うのもある。
今となっては、骨が枯れ木になっており、看護師は無理だ。
A型就労を考えてみるが、内職ばかりではない。


私も苦しい。
みかんを苦しめたから苦しい。
だが基本に立ち戻って欲しい。
車を運転するものが、人をぶつけたら、車を降りて介抱して病院に連れていく。
それをせず走り去ったら「ひき逃げ」になり、逮捕される。
専門職は逃げてはいけない。


私の今の肩書は何か?母親か?いや、違う。
形式は母親だが、彼女はもう母親を必要としない。
私は今、主婦ですらない。
足手まといの病人だ。
それが嫌なら肩書を自分で作り出す努力をしなければいけない。


それでもやはり、みかんの味方ではありたい。
甘いが本音である。

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