身体と心の声を聞きながら暮らす

持病はありますが、穏やかに暮らしたいと思います。

母恋(ぼこい)

熱が37.8度。だが白髪だらけでボサボサ頭。
坐薬を使って夫に美容室に連れて行ってもらった。


「ミルクティーみたいな色にしてください。ほぼ金髪で」
と言って、見本も確認したのに、うっすらピンクの黒髪。


わーたーしーはー、イメチェンしたかったの!
母に禁止されていたこと、全部やりたいの!
なんとか無理してたどり着いたのに。
多分だけど、あまり急に金髪にしたら、私がショック受けると思ったのか?


パーマは髪が痛むし29日まで空きがないと言われたから、カットとカラーにした。
夫は「ちょうどいい」と言った。
でも親類がギョッとするような髪にしたかった。


例の吉本退社芸人。
強迫性障害で、やってはいけないことをする衝動に駆られるそうだ。
飲んでいる薬は、ソラナックス、アナフラニール。


彼とは飲んでいる薬は違うけれど、言ってはいけないことを口走る癖が私にもある。
まさに破滅行為。
今朝のブログもそう。
普通の大人は書かない。


シャンプーの時、背中がゾクゾクした。
でも坐薬は効いているみたい。熱はない。
みかんに「テロ行為だ」と怒られた。
ボルタレンはコ◯◯とインフルには禁忌だと。
「肺炎になったら、ママ死ぬんだよ?」と。
検査していないから、何の熱かわからないから…いいんだよ。
ウイルスはそこいらじゅうにウヨウヨいる。


27日は母の病院に行くよ。
CVポート(痛みがなく細い針を刺すと静脈につながる)を作ってもらう。
細い両腕は、打撲痕みたいに紫だらけ。
母のろうそくに灯っている炎は、一息で消える。
恨みはある。憎しみもある。けれど。
ただ愛して欲しかった


母の施設の部屋から私と母の写真が出てきた。
私の写真は…新生児と看護学生の時のしかない。
そうか。看護師の私は認めていたのね。


私の結婚式の時、母は今の私と同い年だった。
その後友達と沖縄旅行、香港で食事の写真ばかり。
自分で選んだ洋服でおしゃれして旅行できて、いいよね。
今の私は太っておしゃれができない。
外に出られない。


3年前まであなたに遠慮して、好きな服を着ないで生きてきた。
あなたの気にいる髪型、化粧、服装。
なぜ、こんなに苦しい?
原因がわかっているんだから、消滅すれば解決するのか?
無理。もう充分傷ついた。一生消えない。


誰が私の気持ちをわかろうか?
母が恋しい、楽な余生を過ごして欲しい、
でも憎い。愛しているが憎い。


今の母は私を認識しない。
ありがたい。
赤ん坊でも看護師でもない私を、受け入れてくれているようだ。


「ばあちゃん、私だれ?だーれ?」
何度聞いてもぼーっとしている。


何者でもない私の名前を最後に一言呼んで欲しかった。

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