身体と心の声を聞きながら暮らす

持病はありますが、穏やかに暮らしたいと思います。

悪い母のまま逝って欲しかった

夫と母のお見舞いに行ってきた。
先週とは比べものにならないほど元気になっていた。
「おいしい」「おしっこしたい」
この二つは言えるようになった。


車椅子に乗って、うっすら微笑んで看護師に連れてこられた。
「ばあちゃん、私誰?」
耳元で大声で言う。
聞こえたようで
「そうだねえ、わかった」
と言葉を口にする。
看護師が
「食事が一人でできるようになりました」
と言った。


療養型の病院を考えていた。
せん妄が出て、もう生い先短いと思ったからだ。
だが不穏な様子はない。
脱臼していたから痛くて表現できなくて、意味不明な言葉を口にし、モゾモゾ動いていたのだろう。
だがこの状態なら、まだ命は続くかもしれない。
それならリハビリテーション病院を選択したほうがいい。
食事が自分でできて、関節が拘縮しないようにするには、急性期のうちにリハビリをたくさんしたほうがいい。
そんな話を看護師とした。


「ばあちゃん、帰るよ」
手に触れた。握り返してきた。強い力で。
私が誰か、わかっている?
手を振ったら、振り返してきた。


私を半世紀、支配しコントロールしてきた毒親。
毎晩の怒鳴り合いの夫婦喧嘩。
愛犬のカルを殺した。
高校生で借金をして、対応を私にさせ、押し入れで生活させた。
知人の家を転々とさせた。
父からもらったお小遣いを盗んだ…


母の施設に行き、空室の荷物を見に行った。
私は父が最期に書き残した日記を探した。どこにもない。
木箱を開けた。
古い粉ミルクの絵が書いてある袋を見つけた。



母子手帳、へその緒、足型、名前の書いたピンクのバンド。



手を止めた。心も止まった。
ふと我に帰る。
「一体どういうつもりで、こんなものを後生大事に持っているんだよ!」


母が逝く時にかける言葉をずっと考えていた。
「ありがとう」…何が?言えない。
だって私が精神を病むほど苦しめた人だ。
いっそ何も言わない、涙も流さない、そんなことを考えたりもした。


へその緒をとっていたら、良い母か?
そんな偽善、いらない。
私は友達と遊びたかった、テニス部に入りたかった、家族で笑って食卓を囲みたかった。
私に何もくれなかったくせに。愛情アピールですか?


…違うと思う。
母にも私への愛はあったんだろう。


一から百まで悪い母のまま、息を引き取って欲しかった。
憎い母でいて欲しかった。
だって、今までの私のこの感情は何?
自分を否定しなければいけないじゃないか。



混乱している。
燃料の切れそうなセスナを操縦して、着地点を探しているようだ。
時間がない。
どうしていいかわからない。

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